2012年3月8日木曜日

PatMethenyLabo:パットはなぜ薄いピックを使うのか?

~幼少期の音楽体験から現在につながるPatの感性~

Patが使うピックはティアドロップ型で、厚さが0.5mm程度のものが多いようです。
以前はJim Dunlop製で厚みが0.46mm、普通のプラスチック素材のものを使っていました。
現在は同じくJim Dunlop製の厚みが0.5mm、tortex素材のものを使うことが多いようです。
ピックの好みはギタリストそれぞれで違いますが、なぜPatはこのような薄いピックを好んで使っているのでしょうか?
理由は薄いピックが持っているキャラクターにあると思います。
以下に薄いピックと厚いピックのキャラクターの違いを挙げ、ピックの観点からPatサウンドの考察をしていきたいと思います。


ピックの厚みとギターサウンドの関係
薄いピックは柔らかいので弦に当たった瞬間ピック自体がしなり、アタックの力が柔らかくなります。
普通にピッキングする力を100%だとすると、ピックがしなることで吸収される力が20%くらいとなり、実際に弦に伝わる力は80%くらいになるというイメージです。
強いピッキングだとピックのしなりが大きくなるので吸収される力が増え、弱いピッキングだと逆にピックのしなりが小さいので吸収される力は減ります。
つまりピッキングの強弱によるニュアンスの違いが小さくなると言えます。
ダイナミクスの幅が狭くなるとも言えますが、コンプレッサーを使ったような圧縮された音色になるという意味ではなく、音の粒立ちが揃いつつダイナミクスの表現ができるという意味です。

一方厚いピックはしなりが無いので、ピッキングの力が100%そのまま弦に伝わります。
弱く弾けば弱い音、強く弾けば強い音がでます。
ピッキングニュアンスがダイレクトに伝わるので自分のフィーリングが完全に表現できるというメリットがある一方、粒立ちが揃いにくいとも言えます。
ブルース系のギタリストなど、この大きな幅のダイナミクスを好むギタリストもたくさんいます。

ここでPatの演奏をイメージしてみましょう。
Patが出す音色は1音1音はっきり、くっきりと聞こえてきます。
もちろんダイナミクスも繊細に表現されていますが、ブルースギタリストのような激しいダイナミクスの変化は少なく、フレージング全体を通してかなり均一な音量感に聞こえてきます。
Patがこのようなダイナミクスの表現をしている理由の一つに、Patの幼少期の音楽体験が影響していると僕は思います。

幼少期の音楽体験からくるPatの感性
Patの家族は代々音楽一家で、お祖父さん、お父さん、お兄さんはトランペット奏者です。
子供の頃のPatはごく自然に家族の影響を受け、トランペットを勉強していました。
自分もトランペット奏者になりたいという夢を持って一生懸命練習していたPatでしたが、前歯の歯並びがトランペットに向いていないことが分かり、その夢をあきらめざるをえませんでした。
しかし音楽そのものを愛していたPatはトランペットにこだわらず、ギタリストになるという道を選んだのです。

ギターを持ったPatはブルース、カントリー、そしてもちろんジャズなどを勉強し、15才の頃には街で一番実力のあるバンドに入って演奏していたそうです。
そしてその演奏スタイルは他のギタリストとは全く異なり、トランペットの影響を強く受けたものだったのです。

ここでトランペットの音色の特徴を考えてみましょう。
トランペットは楽器に息を吹き込んで音を出す楽器です。
息の強さや量をコントロールして音色の変化を作る構造になっています。
マウスピースに空気を当てて音の元となる空気振動を作り出すのですが、その空気振動を作るために最低限必要な空気の圧力というものが存在します。
つまり送り込む空気があまりにも弱すぎると音が鳴らないという現象が発生します。
トランペットには一番小さな音量の限界があるということです。

Patの演奏はまさにこのトランペットが持つ楽器の特徴を備えたものです。
まるでブレスが感じられるようなメロディラインの弾き方、ギターシンセを使ったサスティンが長く伸びる音、クロマチックスケールを多用するフレーズなど、トランペット的な音使いのニュアンスやサウンドメイクがPatの音楽の至る所に発見できます。
そしてこのトランペット的ギター奏法を可能にしている要素が、薄いピックを使ったダイナミクスの揃った演奏にあると言えるでしょう。

異なる楽器の感性を併せ持つこと
世界の素晴らしいミュージシャンの中には、他の楽器から転向したおかげで、また他の楽器のアイディアを取り込んだために新しい奏法を確立した人がたくさんいます。
ドラマー時代に培ったグルーヴ感で世界一のベーシストになったJaco Pastorius。
サックスのラインをウッドベースに持ち込み、自由自在なアドリブを展開したScott Lafaro。
Jim Hallはピアニスト的ハーモニゼーションを構築し、独特のスタイルを確立しました。
Tuck&Pattiのボーカル、Patti Cathcartはトロンボーンのフレーズを学んでボーカルインプロビゼーションを創り上げています。

Patが行ってきたギターとトランペットのクロスオーバーは、現代ジャズギターの最先端です。
これからのギター界、音楽界に大きな影響を及ぼし続けていくことでしょう。
そして我々に必要なことは、世界の素晴らしいミュージシャンの研究をし、その感性を自分の感性とクロスオーバーさせていくことだと思います。
新しい音楽が創造されていない現代に生きる、我々を含む全てのミュージシャンにとって大きなテーマとなっていくことでしょう。